ここにいた。
渋谷すばるさんが大好きだ。
私は嘘をつくのが驚くほどへたくそなので、基本的に隠さない。だから私のことを知っているひとは私がすばるさんが好きなことを知っている。それでも何回でも、何千回でも、言いたくなる。本当に大好きだ。
4月15日以降、すばるさんのことが好きだと言うたびに悲しい気持ちも一緒にやってきて、辛くなった。それでも言わずにはいられないし好きをやめることなんてできなかった。
アイドルの渋谷すばるさんと同じ時間を過ごすことが出来たのは1年半だった。どうしてもっと早く気づけなかったのか、もっと早くファンにならなかったのかという後悔はオタクなら誰もがもつものだろうが、あの日からはそれを考えるたびに正直気が狂いそうになる。
そしていつものように「例えもっと早くライブDVDを見ていたとしても、ジャニーズアレルギーの私がハマっていたと思うか?」「突然ロン毛に出くわしていてもあの頃の私はその美しさに気づけない」「あの時あのタイミングでクロニクルを見たから」「だからハマった」と延々自分を説き伏せることになる。
私はアイドルが嫌いだった。
顔がいいだけで、女に(女性アイドルなら男に)キャーキャー言われてヘラヘラしてるだけで金がもらえると思っていた。あまりにも幼稚すぎる考えだが、努力を見せないその姿勢に今は頭が下がる。
人は自分が頑張ってるところを評価してほしい生き物だと思う。たとえ結果が出なかったとしても、こんなに頑張ったということは認めてほしいと思う。人は、というと主語が大きすぎるかもしれないが、少なくとも私はそう考えがちなヘタレだ。けれどアイドルは、"彼ら"は結果にこだわり続けている。シンプルにすごいと思う。そもそも「人を楽しませる」ということはとても難しい。例えばコンサート、いくら「ファン」だと言う人たちが集まってくるとはいえ、好きだから何をしても楽しくなるなんてことはない。彼らが楽しませてくれるから私たちは楽しいのだ。
アイドルの関ジャニ∞は私をめちゃくちゃ楽しませてくれる存在になった。そのなかでも渋谷すばるさんは私の中で特別な人だった。
この夏のツアー、私は8月25日の大阪、9月8日・9日の東京公演に入った。
もうすでにすばるさんはいないのに『最後』という気持ちだった。何が最後かは分からないが、「すばる担」としておろしたての赤いスカートでドームに向かった。
8月25日は関ジャニ∞の関西デビュー日。そんな特別な日に彼らの地元大阪でおめでとうを言えるのが嬉しかった。大型台風の影響で23日の公演が中止になり、私も予定していた夜行バスをキャンセルせざるをえなかったが、翌日新幹線で大阪に向かった。
とても緊張した。慣れない遠征。もうすぐ関ジャニ∞に会える。すばるさんはいない。私は、どう思うんだろう。
1曲目のイントロが流れてきて、すぐに大好きなあの曲であることが分かった。ステージが照らされた瞬間、本当に1秒も経たずに泣いてしまった。じわじわ涙が溢れるとかではなく、まじで光の速さなんじゃないかってくらい一瞬で号泣した。
本当の本当の本当に6人しかいなかった。前列に3人しかいなくて、1人足りないのにそれを完成形としてライブが始まっている。なんでだ、そうか、すばるさんがいないんだ。私はすばるさんがこの曲を歌っているところを、生で見ることは一生できないんだ。
応答セヨ、初めて聴いたときから大好きな曲。とてもあたたかくて綺麗で、勇気も元気もたくさんもらった。一番最近のシングルだから、あの日のワクワクもドキドキも鮮明に思い出せる。そして最近はすばるさんが歌う応答セヨ、生で聴いてみたかったなぁと夜中1人でボロボロ泣いていたので一瞬で号泣するなどたやすいことだった。
2曲目のここにしかない景色。関西デビュー日に関ジャニ∞が育った大阪という地で関ジャニ∞に「ようこそ、僕らの街へ」と歓迎してもらったのはとても嬉しかった。でもすばるさんにもようこそって言われたかったなぁと思ってしまい、結局泣いた。
大阪ではやっぱり泣いてることが多かった。ベストアルバムを引っさげたツアーだから当然だが、アンコールを除いてどの曲もすばるさんが歌っていたものだ。真ん中で、歌っていた。他のメンバーが代わりに歌っていても頭の中ではすばるさんの声が聴こえてしまって、「エイター!!!!!!」と叫ぶ声が聞こえてしまって、その日は寂しさが勝っていた。ホテルへ帰ってからベッドに大の字になり呆然とした。本当の意味で考えたこともなかった『担降り』『オタ卒』の文字が現実味を帯びだしてすごく怖くなった。
いや楽しかったんだよ。楽しかった。生で聴いてみたいと思っていた曲が聴けて嬉しかったしかっこよかったし、アンコールは全力で盛り上がった。けど「足りない」という思いが怖くてしょうがない。ライブ終わりで疲れたのと考えすぎたので、その日はいつの間にか死んだように寝ていた。
次の日はせっかく大阪に来たということでロケ地巡りに出かけた。
ジャニ勉のエイトブンノニやMV・映画のロケ地、カンテレなど大阪には聖地が多すぎる。大阪に来るまでに決めきれなかったので、当日決めた。ロマネのロケ地とカンテレと、味園ユニバースに向かうことにした。
大阪ロマネスクのMVロケ地となったカフェはいつも8月はお店を開けていないようで諦めていたが、コンサートの期間中のみお店の方のご厚意で開店していた。電車とバスを乗り継いでようやく到着したそこは、とても落ち着いた居心地のいい場所だった。
MVですばるさんが使ったテーブルにはすばるさんの写真が置かれていて、その横にファンが書き込めるメッセージノートがあった。私も書いてきたが、自分の語彙力のなさとデザインセンスのなさに思い出しては今でも頭を抱える。
私が到着したときはエイターさんのグループや地元のお客さんが2組ほどいた。数分後、エイターさんのグループが私とほぼ入れ違いでお店をあとにした。
席に着いた私は、聖地にいる緊張と慣れないお洒落な場所にいる緊張で一人そわそわしていた。お店の方に許可を取り、店内の写真を撮ったりすばるさんがいた場所を眺めたりしていた。
私が自分の席に座りながらすばるさんのいたテーブルを眺めていると、店員さんと顔見知りと思われる地元のお客さんたちが近くへやってきて、すばるさんの話をし始めた。世間話をする感じで私はぬるっとそこに参加した(推しの話に滑り込むのは得意なオタク)。地元の方々の和やかな雰囲気もあり、とても話しやすかった。
「すばるくんいなくなるの寂しいな~…もうちょっとおったらええのになぁ」
そう言ってくださった声がとても優しくて泣きそうになった。
しばらくして他のお客さんたちも帰り、店内にいる客は私一人になった。静かに眺めていると、デビュー間もないころからす担だという店員さんが話しかけてくれた。
年は離れていても、すばるさんが好きで、いなくなることが寂しいと一緒に言ってくれる人がいてすごく嬉しかった。「いつから好きとか関係ない」「来てくれて嬉しい」と言ってくれて、心が少し強くなれた気がした。
色々お話しさせてもらったあともしばらく一人でぼーっとしていた。とても静かで心地よくて、そりゃすばるさんもあんな優しい顔で湯呑み持つよなぁと思った。帰りにまた少し写真を撮らせてもらい、店員さんに挨拶して帰った。のれんをくぐった私は、来る前よりも清々しい気持ちになっていた。
次に私はカンテレに向かった。直結する駅に降りると公式キャラクターのかわいい案内表示があり、見たことあるやつや!とウキウキした。本社内に入りあたりを見回すと、奥のエレベーター前にあの大きな看板があった。
ずっと、ジャニ勉∞
僕らの秘密基地にようこそ。
真ん中ですばるさんが笑っていた。ちょっとぎこちないその笑顔がたまらなく好きだった。おそらく等身大より少し大きいそのパネルを見上げながら、いろんなことを考えた。近くにちびっこがやってきて、お父さんとお母さんも歩いてきたので急いで写真を撮ってその場をあとにした。帰るとき、このロビーですばるさんの最後のエイトブンノニロケが始まったんだよなと思ったらまた泣きそうだったので、思いっきり深呼吸をした。
最後に向かったのは味園ユニバース。ここだけは大阪を訪れたら絶対に来ようと以前から決めていた。本当はすばるさんが関ジャニ∞でいる間に来たかったが、少し遅くなってしまった。
電車を降りて少し歩く。曲がり角を右に行くと、そこにはあの世界が広がっていた。狭い道に荒々しいノスタルジーが詰め込まれた風景。酒と人、夜に浮かぶ「ユニバース」のネオン。すごくドキドキした。歩いてるだけで映画の様々なシーンが思い出され、ポチオがここにいたんだと胸が締め付けられた。
通りに足を踏み入れてすぐ、映画にも関わるとある方に遭遇した。一瞬エモいとかそういうことを忘れて内心奇声をあげながら真顔で通り過ぎた。
ユニバースの反対側にまわると「味園」と書かれた赤と青の丸いネオンがあって、それを見上げた時の感動は凄まじかった。体中が震えて足が動かなくなって、ついにここに来たんだという喜びと同時に、歌を聴きたい、と心底思った。
大阪にいる間、沢山の気持ちに出会った。どう扱えばいいのか本当に分からなくなり、一周まわって関ジャニ∞に会いに行けば分かるんじゃないかと思った。あんなにしんどかったのに、何故かそう思った。
できるだけ多く判断するためのチャンスが欲しいと思ったので、初めて同行させていただける方を探した。幸運なことにお声がけ頂き、もともと予定になかった8日の公演にも入ることができた。
東京では思ったよりも泣かなかった。思ったよりも、なので泣いたけど。
バンドのときメインモニターが6分割になるのが一番こたえた。ジャムで『生きろ』のときに画面が7分割になる " 7パラ " がとても印象的で大好きで、6つだと足りないと思ってしまう。すばるさんの不在を実感してしまった。
MCではまるちゃんが暴走したときに実感する。収拾つかねえー!となったとき、すばるさんがいたらエエ感じにしてくれるんだろうなぁと思ってしまう。私まるすばが大好きなんですよね。
ER2ではエイトレンジャーの続編で薫ちゃん見たかったなぁとか、無責任でスタインバーガーかき鳴らすすばるさん超かっこ良かったなぁとか、Heavenly PsychoやLIFEや大阪ロマネスクであの一週間を思い出したりして、涙腺をゴリゴリ刺激された。
でも、でもねぇ、むちゃくちゃ楽しかったんですよこれが。すごくすごく楽しかった。
多くの公演を経験して安定感が増していた6人。どの曲もMCも胸がいっぱいになるほどのパフォーマンスだった。
8日は5万5000人を置いてけぼりにして、下ネタで涙流して崩れるほど笑っていたし、9日は5万5000人を巻き込んでおっちゃんたちは大はしゃぎしていた。しかもこの日も下ネタ付き。あんなに楽しそうなメンバーを見て楽しくならないのは無理だった。
そして忘れられないのが4日目のアンコールの村上さん。
挨拶をしようとしても楽しすぎて笑いが止まらなくて、それを見て東京ドームにいた全員でニコニコしている時間はとても平和だった。「僕らのほうが楽しかったかもしれない」と笑うその顔は幸せでたまらないと言っていて、心があったかくなった。
そのあと呼吸をするのが大変そうになって、手を繋ぐときには膝をついて立てなくなったのは心臓が止まるかと思うほどびっくりした。けどあれが、あれこそが『完全燃焼』なんだと思う。多くのレギュラー番組や27時間テレビのお仕事もあって疲れもたまっていただろうし、めちゃめちゃ心配したしゆっくり休んでほしいと思った。それと同時にすべて出し切り、やり切った村上さんが本当にかっこよかった。
東京ドームを出たとき、心から「楽しかった!」と思った。
悔しいけど色々吹っ切れた。私はこれからもずっとeighterでいますよ!!!すばるさん!!!!!!
— ゐなり。 (@idol8er) September 9, 2018
私はすばるさんの激重オタクなので、絶対にまた何度でも泣くけど、これからもエイターでいることで幸せになれると思った。だからどちらかではなく、どちらも追いかけることにした。
6人をこの目で見ればきっと何かがつかめると思うけど、もしかしたら何も分からず何も決まらないまま、ただただ泣いているのかもしれない。
いつか、わりとすぐなのかずっとずっと先なのか分からんけど、笑えていたらいいなぁ。
私は以前メモにこう残していた。
思ったよりも早く笑えたよ。寂しいけどね。
あれから2週間が経った。
ある程度ケリがついたとは思うけどまだまだまだまだ寂しい。7人の映像を見ると涙が出てくるし、たまにしっかりと病む。我ながら引くほど病む。でも6人を応援することへの迷いは完全になくなったと思う。
私は心のどこかで、前向きになることを恐れていた。あんなにすばるさんが好きだ好きだ言っていたのに前向きになるのは薄情なんじゃないか、すばるさんだけを追いかけるのがもしかしたら正しい姿なんじゃないかと思った。私はす担失格なんじゃ……。
こんな私を見てすばるさんはどう思うんだろう、まで来たときに気が付いた。
私すばるさんに好かれるためにオタクしてるわけじゃないじゃん!
楽しいと思ったとき、それを否定する必要は全くない。
そして「関ジャニ∞の渋谷すばる」は思い出になったけど、「渋谷すばる」は思い出になったわけじゃないんだよなと思った。彼は「渋谷すばる」の時間を歩き始めたんだ。胸が苦しくなるけど、今はそのことを受け止めることができるようになってきた。
私は彼の歩みを妨げたくないなぁ。その姿は眩しいほどにかっこいい私の大好きなすばるさんだから。
けれど、
ハァ~~~~寂しい~~~~~~~~~~!!!!!!!!…………
最近はこれの繰り返しだ。
たくさんの気持ちが次々に生まれる。あまりにもその種類が多すぎて同時に私のなかにあるのが信じられない。どれかが嘘で、私はそう思いこもうとしてるんじゃないかという気さえしてくる。
だからこそ出来るだけ全ての言葉をもれなく書き残して、いつか見返したときにこんなこと思ってたなぁと静かに笑えるような、そんな風にありたい。
私は、渋谷すばるさんが大好きだ。
関ジャニ∞が大好きだ。